麻原裁判 控訴審弁護人
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異議申立補充書(2)

平成18年4月7日

東京高等裁判所刑事部 御中


 御庁係属中の頭書事件について、本年3月30日付異議申立を下記のとおり補充する。


1 提出がなくとも棄却しないとしたのは裁判所である
 そもそも裁判所が8月19日に「控訴趣意書を出さなくとも棄却はしない」との訴訟進行を明らかにしたからこそ、弁護人は出さないことにしたのである。初めから弁護人が「棄却されてもよいから出さない」などと主張していたわけでは全くない。
 控訴趣意書を期限までに提出しない場合棄却決定とされることは、控訴審弁護人の基本的認識であり、提出は基本的職務である。
 本件においても従前の諸手続及び裁判所との協議も全て控訴趣意書の提出をめぐって行われていたと言って過言ではない。期限の延長も、弁護側医師による鑑定も、裁判所選任の医師による鑑定も、被告人に訴訟能力が無くて意思疎通できないから控訴趣意書を書けないと弁護人が言い続けてきたからこそ、その真偽を確かめるために行われてきた。弁護人が初めから棄却されてもかまわないから提出しないと考えていたならば、期限延長を求めたりあるいは正式鑑定を求めたりなどしない。提出しないと棄却されることになると重々認識していたからこそ、期限の延長を求めて裁判所に再三にわたり申し立て、協議の場でも同様に求めた。弁護人は、「書けない、出せない、公判手続を停止するべきだ」と一貫して主張していたのであって、「出さないが、棄却されてもやむを得ない」との主張をしたことは一度たりとてない。
 この点について、裁判所との協議の席において弁護人は、「提出期限に控訴趣意書が提出できず、決定で控訴棄却されるのであれば、それでもやむを得ない。」と発言しているが(平成16年12月17日、第9回打合せメモ4頁)、これは弁護人が公判手続停止及び鑑定を申し立てている中で両申立を強く求める際の言葉であって、文字どおり「棄却されても出さない」ことを表明したものではない。現に、弁護人はその直後に、提出しないまま棄却されてはならないと考えて期限延長を求め、それが容れられていったんは8月31日まで延長となったのであった。
 このような経過に照らすと裁判所は、弁護人が控訴趣意書提出の重要性を認識していることを理解していながら棄却し、それが弁護人のせいだとして弁護人に責任を転嫁している。

2 骨子不提出は「趣意書を作成しながら提出しなかった」ものでない
 原裁判所は、弁護人が控訴趣意書の「骨子」を持参しながら提出しなかったことをもってやむを得ない事情にあたらないとする。これは、昨平成17年9月2日付け「控訴趣意書の提出について」と題する書面に基づく。同書面は、「今回の不提出がこのような極めて意図的な不提出であったことからすると、今後たとえ控訴趣意書を提出してもやむを得ない提出遅延とは認められない可能性が相当強まったことを否定しづらい。」とする。
 しかしながら弁護人が控訴趣意書を提出しなかったのは「意図的な不提出」などでは全くない。控訴趣意書を「意図的に」提出しないことなど控訴審の弁護人にできることではない。そしてそのような行動を取ったことは、本件控訴審の弁護人としてやむにやまれぬ正当な行動である。
(1)裁判所は昨年8月19日、「訴訟能力有りという判断は揺るがないが、鑑定の形式で医師の意見を徴する」とし、その直後に弁護人が公開法廷における宣誓、尋問事項の協議、鑑定への立会、公開法廷での医師に対する反対尋問等々正式鑑定の実施を求めたにも関わらず全てを斥けた。したがって裁判所が鑑定を形式だけで済ましてしまい、結果的に訴訟能力有りと結論して訴訟を進める恐れが極めて濃厚にあった。
   弁護人としてはそのような形式鑑定のみで控訴審を進められることこそが最も危険と考えた。9年間もかけた一審判決があるのにかかわらず事実審理についてさらに時間をかけることは実際上考え難く、一審でも行われなかったのは被告人の精神状態・訴訟能力の問題だけだったことから、訴訟能力については正式鑑定をして慎重に進められるべきであった。したがって、正式鑑定を求めて強い態度に出たことは誠に当然のことである。
(2)同月31日の時点で中島節夫医師、○○医師の2名の鑑定が出されており、いずれも訴訟能力無しというものであった(節夫医師は訴訟能力に重大な疑義を提起した上精密検査をするべきであるとの点で同趣旨と考える)。付言するに、その後さらに同年12月21日には中谷陽二医師の意見書要旨、本年1月には野田正彰医師、秋元波留夫医師の各意見書が出され、2月には小木貞孝医師(作家加賀乙彦)の意見書が出され、そのいずれもが訴訟能力無しと判断するものであった。そして本年3月15日までに上記医師らは西山鑑定意見に対する反論意見を提出している。
   弁護人もまた既に百回を超える接見を繰り返しながらも全く意思疎通できず、接見室で見る被告人の姿もまた到底通常の意思能力を持つとは見えず、訴訟能力があるとも見えなかった。被告人の次女、三女、長男及び次男も接見を繰り返したが、全く同じ状況であった。
   したがって、弁護人は被告人に訴訟能力があるなどとは到底考えられず、精神鑑定を実施するならば明らかになることと考えていた。逆に裁判所が初めから、訴訟能力があるとの判断は揺るがないとしつつ形式鑑定のみでお茶を濁し、鑑定人に対する反対尋問すら実施しないということでは、真実が隠蔽されたまま手続を進められてしまうと非常に強く危惧し、何とかして正式鑑定を実施してもらわなければならないと考えていた。
(3)結果的に、本件は弁護人が危惧したとおりの経過をたどった。
   即ち、裁判所は「訴訟能力有りとの判断は揺るがない」としていたが、案の定裁判所選任の西山医師は訴訟能力有りとの鑑定意見を出し、それに沿って裁判所もまた訴訟能力有りと判断し、被告人の精神状態と鑑定手続は一切公判廷で明らかにされないまま控訴棄却という最終局面に至った。訴訟能力の問題を全て非公開のまま片付けるのではないかという弁護人の危惧そのままの経過である。
   したがって、このようなことがあってはならないとして弁護人が敢えて骨子を携えて裁判所に対して正式鑑定を求めたのは正しかったと言うべきである。
(4)弁護人は正式鑑定を求めて骨子を持参して提出しなかったのであるから、控訴趣意書を提出しなかったこと及び訴訟能力があることをもって棄却とするのであれば、正式鑑定を実施してからにするべきである。それが公平というものではないか。「求めるように正式鑑定は実施した、その結果訴訟能力は有ると判断する、弁護人の意に応じたにもかかわらず提出しないから棄却する。」というのが公平というものである。それを、正式鑑定は行わない、提出がないから棄却というのでは不公平極まる。原裁判所の裁量権逸脱と言うべき所以である。
(5)骨子であって趣意書ではない。
 @ 持参した「骨子」とは、従前裁判所に伝えていた「控訴趣意書」(平成17年1月4日付電話聴取メモ)として完成したものでは全くない。
   この点について裁判所は同年6日付期限延長決定において、「主任弁護人は、この申出変更書面にある『控訴趣意書の骨子』とは、刑事訴訟規則240条が定める控訴趣意書そのものであると釈明した」と記載するが(5頁)、主任弁護人がそのように釈明した事実はない。
   再論するに、弁護人が裁判所に電話で伝えたのは、「提出するとなれば完成した控訴趣意書になることは当然である。」ということであり、同月4日付け電話聴取書も「控訴の理由を簡潔に記載した控訴趣意書、すなわち、刑事訴訟規則240条の要件を満たした趣意書を平成17年8月31日までに提出するということである」旨記載されている。
   ここでさらに「骨子」の意味が問題とされなれければならないが、弁護人が8月31日に持参した「骨子」は到底上記の意味における趣意書の要件を満たした完成したものではなく、裁判所が指摘するような「骨子」ではない。裁判所が未完成の「骨子」を、あたかも完成した「骨子」であって完全な控訴趣意書であると強弁するのは我田引水、牽強付会と言うほかない。
 A しかもそれは第一に被告人の意向が全く反映されていない。事実関係こそは被告人の意思ないし被告人の事実認識を基本にしなければならないにもかかわらず、骨子には被告人の意思が100%全く反映されていない以上、到底控訴趣意書たり得ない。弁護人が控訴趣意書を書けなかったことに変わりはなく、書けるのに書いたというのは当たらない。骨子をもって控訴趣意書を作成して持参したとするのは、弁護人の揚げ足取りである。しかも裁判所は中身を全く見ていない。
   このような不完全な「骨子」に過ぎないにもかかわらず、裁判所は揚げ足取りをして本件のような重大事件を控訴棄却の決定によって片付けようとしている。その発想自体が根本的に誤っている。

3 控訴審において正式鑑定を行ってさらに慎重に吟味するべきである
 裁判所は、8月31日の打合せにおいて、「被告人の訴訟能力の有無に関する事項が控訴理由として控訴趣意書に掲げられているのであれば、裁判所はそれに対しても判断をせざるを得ないことになる。」と発言していた(同日第16回打合せメモ・3頁・波床裁判官)。
 即ち、裁判所自身が控訴審において訴訟能力の審理が必要になるかもしれないとの認識を抱いていたものである。そうであれば、敢えて決定によって控訴を棄却するのではなく、訴訟能力を含めた実質審理に入った上で訴訟能力の問題も解決するべく手続進行を図るべきである。裁判所自身が控訴審での訴訟能力審理を提案しておきながら、それに反してまさに弁護人を欺くかの如く棄却決定を下したことは到底認められるものではない。

4 裁判所が弁護人と被告人を翻弄することは許されない
 裁判所は、8月19日の時点で「鑑定を行う。控訴趣意書が提出されなくとも棄却しない。」旨表明していた。
 ところが9月2日には、弁護人に対して一片の文書をファックスしたのみで、意図的な不提出によって「棄却の可能性が相当高まった」とした。
 しかし、前述のとおり弁護人が意図的に控訴趣意書を不提出とした事実は存在しないのであって、裁判所はその独自の判断によって、弁護人と被告人をその都度の裁判所の意のままに翻弄してきたのであり、弁護人と被告人をもてあそんできたと言っても過言ではない。

5 協議がないままの棄却決定
 従来裁判所は当初は弁護人のみで、後には検察官も交えて進行協議を行ってきた。この進行協議はもともと裁判所が弁護人に対して求めてきたことであり、弁護人もこれに応じてきた。
 控訴趣意書を提出しなくとも棄却はしないことも、鑑定作業に入ることも裁判所はまずは協議の場で明らかにしてきた(平成17年8月19日付けメモ及び同日付書面)。協議の場で裁判所が弁護人に対して裁判所としての意向を伝え、弁護人はそれに反対であるときは反対であるとし、承諾できるときは承諾するとして、裁判所が決めることを認識しつつ結果的に従ってきた。言うまでもなく裁判所が判断するにあたって弁護人との協議が要件とされるものではないが、本件の従前の経緯に照らすならば協議を行い少なくとも裁判所の意向を伝えるのが、しかるべき手続というものである。
 このようにして裁判所と弁護人、検察官が顔をつき合わせて協議をすることは、単なる建前論ではないお互いの真意を、その話しぶり、表情、声色等々によって直接把握しながらそれぞれの考えを作り上げて方針を定め、各自が決められたことには従ってゆくことにこそ意義がある。だからこそ弁護人としても協議の結果裁判所が決めたことには不承不承ながらも従がわざるを得ない。
 そうであるが故に、弁護人としては裁判所の進行指揮を決して承諾していたわけではないにせよ、裁判所の結論は弁護人との協議において定めたものとして一定限度での正当性を与えていた。
(1)ところが、裁判所が「控訴趣意書を持参したのに提出しなかった。棄却の可能性は相当高まった」などと表明したのは、9月2日において裁判所が一方的に弁護人との協議もなしに決定したものであり、8月19日の方針撤回の協議は全くなかった。弁護人との協議を全く経ないままに極めて重大な事項を一方的に決定したものであり、正当性は到底付与できない。
  「控訴趣意書を提出しなくとも棄却しない」という点を裁判所が改めて、「趣意書を提出しても、やむを得ない事情とは認められないから棄却する」という方針を取ろうとしたのであれば、あらためて協議の場を設けてその旨を明らかにし、弁護人の意見を聴くべきであった。
   しかも裁判所が弁護人に上記をファックスで伝えたのは、裁判所広報がマスコミに発表する直前である。弁護人に伝えたことを広報を通じて発表したというのではなく、発表に先だって、弁護人には伝えてあるというアリバイ作りのためであった。このような裁判所のやり方は、従来の協議の場で決めて進行するという手続を突如として無視するものであって、弁護人の信頼を著しく裏切った。
   本件控訴審を最終的に左右することができる司法権力を有する裁判所としては、弁護人との協議の場における取り決めという正当性の根拠をあくまでも保持するべきであった。敢えて言うが、弁護人は従前より裁判所に対して背信的な行動を取ってきたつもりは全くなく、マスコミに対する公表にしてもむしろその都度裁判所に対して事前又は事後に説明を尽くしてきた。中島節夫医師が暴走した際にも今後はそのようなことがないよう十分に注意する旨裁判所に表明した。そのような本件控訴審における協議手続を一方的に反故にする態度を取ることは到底許されるものではない。
(2)棄却についての協議も全くない
   前述のとおり本件控訴審では裁判所は弁護人と進行協議を重ねてきた。その協議の場において裁判所は、「控訴趣意書が提出されなくとも棄却はしない、鑑定結果が出るまでに(「訴訟能力についての司法判断」の意味であることは既に詳論した)提出されればやむを得ない事情に基づく遅延として控訴成立とする」旨明らかにしてきた。弁護人は公判停止もしないままに鑑定を行うという裁判所の方針自体を決して承諾していたわけではないが、前述のように弁護人に対して裁判所が進行について明らかにし、それなりに弁護人の意見を聴くという協議を経てきたからこそ弁護人として正当性を認めていた。
   ところが裁判所は、西山鑑定が出されようとする頃になってからは、「1月中には出ない。」、「2月20日頃になるようだが明確ではない。」とするようになった。鑑定意見が出たことを弁護人はマスコミ報道によって初めて知ったのだがその際にも裁判所は、「鑑定意見が出た。反論があれば3月15日までに提出されたい。これは通告である。」などとして、協議など全くなしに一方的に「通告」するのみであった。そして、本件控訴棄却決定もまた突如として一方的に下した。弁護人があらかじめ控訴趣意書を提出することを明確に裁判所に伝えていたにもかかわらず、その前日にである。
   従前の進行協議に照らすならば、裁判所は西山鑑定を踏まえての司法判断としての裁判所自身の考え方、やむを得ない事情についての考え方を表明し、控訴趣意書の提出に関する弁護人の考え方を問いただすなど、協議の場を設けるべきであった。それを全くしないでおいて、いきなり控訴棄却というのは、まして弁護人が提出を予定していた前日に行うというのは、弁護人をいきなり背後から斬りつけるに等しい。「弁護人を欺くようなことはしない」と明言していた裁判所の姿勢(平成17年9月8日付け電話聴取書・波床裁判官の発言)に明らかに反する。

6 東京高裁刑事部の冷静な対応を切望する
 本件控訴棄却決定の経過を見ると、原審は、弁護人が8月31日に骨子を持参して提出しなかったことを契機として、その後進行協議が殆どないまま一方的に諸事項を通告するのみとなり、西山鑑定に対する反論期限も同様であり、最後は控訴趣意書提出予定日の前日に突如として棄却決定を下したというものであり、弁護人の骨子不提出に対する意趣返しの気配が濃厚に感じられる。
 確かに裁判所が8月31日の弁護人の行動に対し、「作っていながら出さなかった」という認識のもとに怒りを覚えたとしても理解できなくはない。しかし、だからと言って文字どおり物言わぬ被告人を死刑の瀬戸際に追いやることが許されるわけではない。
 そのような瀬戸際に追い詰めたのは弁護人の仕業だと言うかもしれないが、弁護人は物言わぬ被告人を何とかして言わせようと百数十回に及ぶ接見を繰り返し、6名もの精神科医に鑑定を求め、拘置所に対しては治療を求め、原審に対しては公判の停止を求めてきたのであって、それらが功を奏しないまま提出しないと棄却となる可能性がある、全てを闇に葬られてはならないと考えて控訴趣意書を作成提出しようと決断したものである。それを指して瀬戸際に追いやったと難じるのは責任を転嫁するものでしかない。弁護人は一審判決がそのまま維持されることのないよう、控訴棄却とならないように努めてきたのである。死刑の瀬戸際に追いやったのは原審そのものである。
 原審が被告人を死刑の瀬戸際に追いやってはならなかったとして弁護人を非難するのであれば、即ち控訴趣意書が提出されないまま控訴棄却決定という結果がもたらされてはならないと考えるのであれば、棄却するべきではなかったし、控訴趣意書を出すかどうか弁護人に対して打診するなり協議するなりするべきであった。それをしないままにいきなり控訴棄却決定を下したことは、弁護人に対する意趣返しとすら感じられる。
 異議審におかれては、このような控訴棄却決定を是認することなく冷静に対応され、まれにみる重大事件である本件被告事件が控訴審において粛々と、慎重に、審理される機会を与えられるよう切望するものである。

7 まとめ
 原審は、本件弁護人による控訴趣意書の提出遅延が「やむを得ない事情」に基づくことが明らかであり、しかも被告人の訴訟能力がないことは明白であるにもかかわらず、決定で控訴を棄却した。これが刑事訴訟法第314条1項、同376条、同386条1項1号、刑事訴訟規則第238条に違反することは明らかであるから、直ちに取り消されるべきである。

   以 上