麻原裁判 控訴審弁護人
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異議申立書(1)

 東京高裁第10刑事部による平成18年3月27日付控訴棄却決定に対し、下記のとおり異議(1)を申し立てる。
 本異議(1)の概要は、控訴趣意書提出の遅延が「やむを得ない事情に基づくもの」に該当して期間内に差し出されたものとして審判するべきであるにもかかわらず(刑事訴訟規則第238条)、決定で控訴を棄却したことは違法であるという点である。
 また、被告人が訴訟能力を有しないことは異議申立書(2)において詳論し、本書面では訴訟能力については必要な限度で論ずるに留める。



第1 遅延が「やむを得ない事情に基づく」理由

1 第一審判決後、平成17年8月19日前までの経緯
(1)平成16年7月まで、松井、松下両弁護人が東京拘置所に接見に赴くものの、被告人は接見室に現れず。
(2)同年7月29日 松井弁護人が接見に赴いたところ、初めて被告人が車椅子に乗せられて接見室に現れる意思疎通は全くできず。
(3)同年10月28日 中島節夫医師作成の鑑定意見に基づいて公判手続停止申立及び鑑定申立。
(4)同年12月10日 原決定裁判所である東京高裁第10刑事部裁判長及び波床裁判官らが東京拘置所において被告人と面談して「控訴趣意書提出に関する手続教示」。
(5)翌平成17年1月4日 裁判長と主任弁護人との電話連絡
    弁護人は、「その期限までの趣意書の提出を現時点でお約束することはできかねます。ただし、延長された期限までに趣意書を提出できるよう最大限の努力をすることはお約束します。」と述べたのみであって(同日電話聴取メモ)、被告人との意思疎通が図れない事態が継続したままであっても、被告人の意思と無関係に弁護人独自の意思によって控訴趣意書を提出するなどといった説明は全くしていない。このことは同月6日付延伸を認めた書面において裁判所自らも記載、確認している事項である。
(6)同月6日 裁判長が同年8月31日まで控訴趣意書提出期限を延長
(7)同年7月29日 ○○医師による鑑定書に基づいて、公判手続停止及び鑑定各申立。

2 同年8月19日以後における公判期日前の打合せ、電話による連絡及び鑑定に関する動向の経緯
  この間の経緯は次のとおりである。
(1)同日配布の「今後の手続進行について」と題する書面・3項
   裁判長 鑑定の形式により精神医学の専門家から被告人の訴訟能力の有無について意見を徴することを考えている。
(2)同日の第15回打合せメモ・1頁以下
   裁判長 鑑定結果が出るまでは、控訴棄却決定をすることはない。
   主任弁護人 鑑定の結果、被告人に訴訟能力が認められる場合は、同棄却決定がなされるということか。
   裁判長 そのとおりである。
   裁判長 控訴棄却決定がなされるまでの間は、本件は、当裁判所に係属していることになるので、その間に控訴趣意書が提出されれば、控訴は成立するものと考える。
(3)別紙第2 電話聴取書
   上記法的根拠につき、波床裁判官が刑事訴訟規則238条を摘示。
「期間経過後に控訴趣意書を受け取った場合においても、その遅延がやむを得ない事情に基づくものと認めるときは、これを期間内に差し出されたものとして審判することができる。」
(4)同年8月22日 弁護人が公開の法廷での鑑定人尋問等を実施するべきことを申立(刑事訴訟法第165条以下、143条以下。本書面ではこの意味における鑑定を「正式鑑定」と称することとする)。
(5)同年8月31日における第16回打合せメモ
   松井弁護人 鑑定人尋問に訴訟関係人を関与させないで、どのようにして鑑定人の資質や鑑定の正確性を担保することができるのか。そのような手続的担保がない状態で鑑定を実施するのであれば、弁護人らとしても精神科医に被告人の精神状態についての意見書を新たに作成してもらうしかなく、それまでの間、控訴棄却決定はしないでもらいたいということである。
   主任弁護人 本年11月10日に被告人の精神状態に関する意見書及び控訴趣意書を提出する(弁護人が同日に提出する旨述べたのは、鑑定が2ヵ月ないし3ヵ月程度かかるであろうと裁判所が見込みを述べたため、その鑑定結果が出るまでに控訴趣意書を提出するべきことを明らかにしたものである。)。
(6)同年9月8日における電話聴取書
   松下 裁判所の実施する鑑定の結果が出た時点で、控訴趣意書を提出するという考えである。
   波床 裁判所の考えはファックス送信した書面に記したとおりであり、直ちに作成済みの控訴趣意書が提出されないと、刑事訴訟規則238条が規定する「やむを得ない事情に基づく」提出遅延とはいえなくなってくると考えている。
   松下 裁判所は、8月31日の打合せの席で、裁判所が実施する鑑定の結果が出るまでは控訴棄却の決定はしないと明言したはずである。
   波床 それはそのとおりである。裁判所が鑑定を依頼しながら、その結果が出ないうちに本件の控訴を棄却する決定を行うというような、弁護人を欺くようなことはしない。(以下省略)
   松下 弁護人は、被告人との意思疎通が図れなくとも控訴趣意書を作成して提出するといった覚えはない。
   波床 被告人との意思疎通が図れなければ控訴趣意書は作成できないという留保があったという趣旨か。
   松下 そのとおりである。
   波床 既に8月31日の控訴趣意書の提出期限から1週間以上経っている現在、事態は極めて深刻であり、しかも日々深刻の度を増していることを認識いただきたい。作成済みの控訴趣意書を裁判所に直ちに提出するよう、もう一度この電話で勧告する。
   松下 それではさらに検討することにする。
   波床 検討して現時点とは違う考えになったときには早急に連絡をいただきたい。
   松下 その点は了解した。
(7)同年9月5日・西山詮医師に対する鑑定人尋問実施。
(8)同年9月30日・弁護人依頼の中谷陽二医師が被告人と接見。
(9)同年12月15日・波床裁判官より主任弁護人に電話。
  「西山医師による鑑定書は平成18年2月に入ってから出される、2月のいつになるか時期は不明。」とのこと。
   その後、2月20日の数日前の電話まで特筆するべき対応はなし。
(10)同年12月21日付・中谷陽二医師による「鑑定書・要旨」を裁判所に提出
  「被告人は拘禁反応の急性状態を脱して現在は慢性状態にある。訴訟能力がある状態とは著しい懸隔がある。」
(11)平成18年1月6日から2月24日まで
   この間、野田正彰、秋元波留夫及び加賀乙彦(小木貞孝)各医師が被告人と接見し、いずれも訴訟能力無しとの鑑定意見を提出。
(12)同年2月20日・西山詮医師による「精神状態鑑定書」提出。
   その数日前、主任弁護人は波床裁判官より、2月20日頃西山鑑定書が提出される見込みであること、明確な日にちは不明であることを電話で伝えられた。
  20日の提出後、波床裁判官より「反論は3月15日までに提出されたい」旨の電話連絡が主任弁護人にあった。
(13)同年3月15日・西山鑑定に対する反論書を提出。
   弁護人選任の医師による西山意見に対する批判、反論及び訴訟能力がない旨の意見書を裁判所に提出。
(14)同年3月21日・主任弁護人が裁判所に対し、同月28日に控訴趣意書を提出するべきことをファックスで伝え、翌22日、電話により口頭でも伝え、書記官の確認を得る。
   同月24日、弁護人が28日に控訴趣意書を提出することを報道機関に公表。
(15)同月27日・控訴棄却決定した旨波床裁判官より主任弁護人に電話連絡。被告人にも送達した旨伝えられたため、弁護人は「被告人には受領能力がない」  旨反論。
(16)まとめ
   裁判所は、8月19日の時点において「鑑定結果が出るまでに控訴趣意書が提出されれば控訴成立」として扱うとしていた。「鑑定結果」とは医師の鑑定意見に基づいて裁判所が司法的判断として訴訟能力の有無について判断するという意味であることは言うまでもない。
  このような経過に基づいて、弁護人は裁判所の司法的判断が出る前である本年3月21日及び同22日に、裁判所に対して「同月28日に控訴趣意書を提出する」ことを伝え、裁判所の了解を得、24日には報道機関に対しても公表していた。
  したがって、裁判所が訴訟能力について判断する前に控訴趣意書の提出が明らかとなっていたのであるから、裁判所としては控訴趣意書を受領するべきであった。

3 期限後の趣意書提出を認めたのは裁判所である
(1)上記のとおり須田裁判長は8月19日において、8月31日の期限経過後であっても、「鑑定意見が出るまでに趣意書が提出されれば期間内に提出されたものとする」旨明言していた。
   控訴趣意書を提出しないということは、原則的に控訴棄却決定がなされるものであって、提出しないという判断を弁護人だけで軽々に行えるものではない。このことは裁判長の「期間経過後であっても提出されれば期間内提出として扱う」との言葉に対して、驚いた主任弁護人が敢えて裁判長に問いただし、同席した検察官もまた敢えて確認したことからも明白に伺える(同日付第15回打合せメモ)。
   このようにして、裁判所が「期限後であっても控訴成立とする」旨当初言い出したものでありながら、弁護人が趣意書を提出すると明確に伝え、裁判所もまた提出されるべきことを了解しているのにも関わらず棄却するというのは、弁護人と被告人を裁判所の意のままに振り回しているだけと言わざるを得ない。 そして、棄却決定の根拠として趣意書を提出しないからであるとし、棄却の責任は挙げて弁護人にあるとして、全ての責任を弁護人に転嫁している。
   弁護人が控訴趣意書を提出しなかったとしても、それは取りも直さず裁判所が「提出しなくとも棄却しない」と明言していたからであり、提出しないことに裁判所の意向が初めにあったことは疑いもない事実である。
(2)その後裁判所が、「精神鑑定の結果が出るまでに控訴趣意書が提出されても、控訴が成立することはない」と前言をひるがえしたこともない。
   確かに裁判所は弁護人に対して早急に提出するべきことを「勧告」していたが、反面提出されても控訴成立とはならないとは全く言っていない。
   現に裁判所は西山意見が出て、弁護人が控訴趣意書を提出すると伝えるまでは棄却もしなかったものであり、裁判所としての訴訟能力についての判断を行うまでに控訴趣意書が提出されたならば控訴成立とするという進行については露ほどの変更もない。
   裁判所の態度は「精神鑑定の結果が出るまでに控訴趣意書が提出されれば控訴成立とする」ということで一貫しており、そうであるが故に弁護人もまた西山医師の鑑定意見とこれに基づく裁判所の訴訟能力の判断が出る前に、控訴趣意書を提出することを裁判所に伝え、報道機関等にも公表したのであった。

4 弁護人は訴訟能力がないものと信じている
(1)本件棄却決定までに弁護人は合計6名の医師に鑑定を依頼し、その全員が被告人には訴訟能力がない旨の鑑定意見を出した。
   昨平成17年8月31日の時点では中島節夫及び○○医師ら2名の医師による鑑定意見が出ているだけであったが、その後さらに4名増えて、3月27日時点では6名となっていた。このようにして6名もの専門家による診断の結果としていずれも訴訟能力がないとの鑑定意見が出ている以上、しかも西山意見に対しても十二分に反論して否定し切っている以上、弁護人としては到底訴訟能力はないと判断せざるを得ない。
   そのため弁護人は裁判所に対してあらためて訴訟無能力を根拠として3月15日付で公判停止申立をした。弁護人が従前より主張してきた、被告人と意思疎通できないが故に控訴趣意書を書けない、提出できない、公判を停止するべきであるという状況は、ますます深まりこそすれ決して軽減されてきたということでは全くない。その逆である。
   8月31日以降の精神鑑定に関する状況は、控訴趣意書を作成・提出できない、公判を停止するべきであるという根拠がさらに一層濃厚にかつ明確になったものであって、その日と今日とでは全く状況が異なる。
(2)このようにして前項のとおり、趣意書を書けない根拠が強まったことはもちろんのこと、公判を停止するべきであるという状況も同様に一層強くなったことは明らかである。むしろ西山鑑定が出て、これに対して6名の医師が批判反論を加えたために、かえって被告人の訴訟能力がないことは客観的にも明白になった。
   したがって、被告人が精神障害に罹患していて訴訟能力を有しないことはさらに一層確実なものとなっており、このような状況の下で弁護人が控訴趣意書を作成できなかったとしても、「やむを得ない事情」に当たると言わなければならない。

5 裁判所の訴訟能力に関する判断が出るまでに控訴趣意書が提出されれば控訴は成立する
(1)裁判長は当初、「精神鑑定が出るまでに提出されれば」としており、これを文言解釈するならば、「西山意見が出るまでに提出されれば」となり、2月20日の西山意見が出るまでに趣意書が出されなかったのであるから、棄却しても良いと言うことができよう。
(2)しかし、精神鑑定が行われたのは被告人に訴訟能力があるかどうかを判断するための基礎を得るためであり、医師による医学的判断としての鑑定結果に基づいて訴訟能力の有無を判断をするのは司法的判断にほかならない。
   したがって、「精神鑑定が出るまでに提出されれば」との意味は、「訴訟能力に関する裁判所による司法的判断が出されるまでに提出されれば」と解するべきである。
   弁護人は、裁判所が訴訟能力有りと判断した27日までに、28日に提出することを明確に伝え、社会に公表し、裁判所もこれを了解しているから、提出されると同視するべきである。弁護人は現実に28日、控訴趣意書を裁判所に提出した。
   したがって、司法判断が出るまでに控訴趣意書が提出されたものと解するべきであり、控訴は成立することになる。
(3)西山意見の提出が伝えられたのは2月20日の当日である。それまで裁判所は「提出は2月20日頃になる」とだけ弁護人に伝えていたがそれが具体的にいつになるかは全く明示していなかった。
   弁護人は西山意見の提出をニュースで知り、さらに裁判所からの電話によって、弁護側の反論を3月15日までに提出するようにと通告され、同15日、医師6名の鑑定書を添付した反論書を裁判所に提出し、さらに補充する旨を伝えていた。
   一方で、同月29日には医師によるMRI及びCT画像の読影に行く旨を裁判所に伝え、裁判所もその準備をし、現に上記読影が実施された。
   このようにして、3月15日以降もなお鑑定をめぐる主張は続いているのであり、西山鑑定に基づく裁判所による司法的判断としての訴訟能力の有無についての判断も未だ全くなされていなかった。
   したがって、21、22日時点はなおも趣意書提出による控訴成立可能な期間であり、弁護人が趣意書提出を明言し、現実に提出した以上、控訴趣意書の提出があったいうべきである。
(4)上記のとおり弁護人は同月21及び22日、裁判所に対して28日に趣意書を提出することを連絡したが、その理由は、8月31日には2名の医師が訴訟能力無しと鑑定しているだけだったものが、3月15日の時点では6名の医師が訴訟能力を否定し、しかも西山意見を完膚無きまでに論破し尽くしていたため、裁判所はかえって精神鑑定を表に出すことなく全てを闇の中に葬り去ろうと謀るかもしれないことが強く危惧されたからであった。
   懸念されたとおり裁判所は趣意書が提出されていないことを根拠として控訴を棄却した。しかし、その意味合いは8月31日頃とは全く異なっている。裁判所は控訴審で公開の法廷において被告人の意思無能力即ち訴訟能力がない状態と西山詮医師など訴訟能力有りと判断した医師らが衆目に曝されることを恐れるあまり、趣意書が出されていないことにかこつけて、棄却という暴挙を選んだと言わざるを得ない。趣意書提出がないことは言い逃れであって、その真意は全てを密室で片付けるということにこそある。
   裁判所は、「弁護人を欺くようなことはしない」と言っておきながら、精神鑑定において追い詰められたために最後の局面において欺いた。

6 趣意書提出を妨害するための棄却
(1)弁護人は、3月21日及び22日、「同月28日に趣意書を提出する」ことを明言し、裁判所に伝え、裁判所もこれを了解し、さらには報道機関などに対してもその旨公表していた。現に3月28日、弁護人は東京高裁に対して趣意書を提出した。
   したがって、22日の時点で、趣意書が提出されることは明らかであった。ところが裁判所は28日の前日である27日、突如として控訴を棄却した。裁判所が趣意書提出前に棄却を謀ったことは明らかであり、趣意書提出の妨害行為にほかならない。
(2)民法上、条件成就を妨げた場合には条件成就と看做される(同法第130条)。また、他人物売買において売主が権利者から取得して買主に譲渡可能な状態にあった場合に、買主が直接権利者から取得して履行不能となった時でも、買主は解除権を認められない(同法第561条参照)。これらはいずれも「そうなることを知って、そうならないように手段を講じた」者について、その講じた手段による結果を甘受させないとの立法趣旨である。
   本件においても、まさに東京高裁第10刑事部が行った控訴棄却決定は、趣意書を出されると控訴が成立するために成立しないようにするためのものであって、控訴棄却という結果を甘受させるべきでないことは明らかである。したがって、棄却決定はその効力を否定されるべきである。

7 決定書送達手続の違法
  裁判所は決定書の送達について、本年3月27日、東京拘置所長に送付されたことによって被告人に対する送達が完了したとする。
  しかし、被告人が弁護人とも意思疎通できず、子らとも全く意思疎通できない状態であり、その理由はこれまでの多くの医師が鑑定したように重篤な拘禁反応等に罹患しているものであることが明らかとなっている。したがって被告人は意思疎通不可能な状態にあるから、決定書の受領能力など到底持ち合わせていない。
  よって、本年3月27日に被告人に送達されたとの事実は存在しないというべきである。

第2 原決定の誤り
 以上のとおり弁護人が控訴趣意書を提出できなかったことは「やむを得ない事情」があったためであるが、原決定は、弁護人が控訴趣意書が完成しているにもかかわらずこれを提出しなかったのは弁護人の選択であるなどとして「やむを得ない事情」にあたらないとしている。
 以下には裁判所の棄却決定理由に対して批判、反論を加える。

1 平成17年8月31日持参の「骨子」は控訴趣意書ではない
(1)裁判所は、「記録が膨大で論点が多数のために真摯な努力を最大限尽くしたが控訴趣意書を完成できなかったのではなく、既に控訴趣意書が完成し、提出期限最終日の打ち合わせの席上でそのまま直ちに提出できる状態にあるのに、あえて提出しないという途を自ら選んだ」とする(同8頁(3)以下)。
   しかし、もともと弁護人は、平成17年1月4日における裁判所との電話でのやり取りにおいて、8月31日に提出するべく努力する書面は法的意味での完成した形での控訴趣意書である旨伝えている(同日午前12時の電話聴取書)。
   ところが同日、弁護人が持参したのは、趣意書の「骨子」にすぎず、完成した控訴趣意書ではなく、弁護人が裁判所に対して控訴趣意書は完成しているなどと発言したこともない。弁護人は一度たりとも控訴趣意書の中身を裁判官に示したことはなく、裁判官自身はその内容を見たことも読んだことも全くない。一体如何なるものであるのかすら把握も理解もしていないにもかかわらず、裁判官は控訴趣意書が作成、完成されて持参されたと言い募っているだけである。このようないわば存在すら確認されようもない控訴趣意書を根拠として、「作成した、持参した」として「作成していながら提出しなかった」と断じて本件控訴を棄却した。裁判所の行動が「暴挙」とされる所以である。
(2)本件原審の記録が膨大で論点が多数のため、控訴趣意書の完成に特別に時間がかかるのは言うまでもないことであり、弁護人は当初より、控訴趣意書の提出期限を平成19年2月27日まで延伸すべき旨の申入れを行っている。
   にもかかわらず、弁護人の真摯な努力を前提とするこの延伸の申入れを全く聞き入れなかったのはほかならぬ裁判所自身である。その後、被告人の精神鑑定への対応などを迫られる中で、弁護人独自に控訴趣意書案を完成させる時間的余裕もまたほとんどなかったことも、期限延長を申し立て、さらには裁判所との協議において縷々述べてきた(第10回打合せメモ等)。弁護人に対して完成した控訴趣意書を提出するべきことを強要することは不可能を強いている。

2 趣意書骨子の持参は正式鑑定を求める行為である
(1)弁護人が骨子を持参し、正式な鑑定を実施することを求めたのは、鑑定事項の協議もない、鑑定人宣誓への立会もない、鑑定への立会もない、鑑定人に対する反対尋問もなく、全て非公開のままの「鑑定」では、裁判所が初めから形だけの鑑定を行い訴訟能力有りという結論を出すための形式を取り繕うものでしかないことが目に見えていたからである。
   それまでの接見、子らの接見、2名の医師の鑑定によって、被告人と意思疎通できず訴訟能力がないと判断せざるを得なかった。ところが裁判所は当初から2年で解決するなどと明言し、裁判長自ら被告人と面談して訴訟能力があるとしていたため、裁判所が「鑑定」を行うとしても訴訟能力有りと判断するための体裁を整えるだけであることが強く危惧された。裁判所が平成17年8月19日、「鑑定の形式により医師の意見を徴する」ということを明らかにした時点で、おざなりの形だけの鑑定で訴訟能力が有りとされて、被告人が意思疎通できない精神病のまま裁判が進むという現実の一端がほの見えた。形だけの鑑定が実施されては大変な事態になると予想したからこそ、弁護人は敢えて趣意書の骨子を持参してまで正式鑑定を求めた。
   しかも、弁護人が正式鑑定を求めながら控訴趣意書については全く何もしないのでは自己主張のみして時間稼ぎをしているなどと誹謗される恐れがあったため、法曹として最低限の誠意を示さなければならないと考えたためである。
(2)このようにして弁護人は、裁判所からその後の9月2日付書面により控訴棄却の恫喝をかけられ、さらには現実に本件控訴棄却の暴挙の如く揚げ足を取られる恐れのあるにもかかわらず、それでもなお不当な「鑑定」だけはさせてはならない、誠意は示すべきと考えて、骨子を持参した。結果的に、裁判所は密室での鑑定を根拠として訴訟能力有りと判断し、本件控訴棄却の暴挙を行った。まさに弁護人が危惧していたとおりの経緯と結果がもたらされた。裁判所はこのような鑑定の重要性にもかかわらず完全に密室のまま「鑑定」を進め、「法的に問題はない」と強弁し、弁護人が31日に「完成済みの趣意書」を提出しなかったとして難詰している。
   被告人松本智津夫の控訴審において最も重要な問題は、被告人に果たして訴訟能力があるかどうかである。この問題を最大限究明するためにこそ弁護人は骨子を持参した。裁判所が弁護人が趣意書を持参しながら提出しなかったことを指摘するのであれば、然るべき鑑定を行うのが先である。自らは然るべき鑑定を全く行わないでおきながら、然るべき鑑定をする意思も全くないにもかかわらず、鑑定を求めた弁護人の行為のみをあげつらうのは間違っている。もともと鑑定をする意思もない裁判所に、鑑定を求める弁護人の行為を非難する資格はない。

3 被告人が訴訟無能力であるとき控訴趣意書提出期限を定めるのは適切でない
  原決定は弁護人が裁判所に対し、「控訴趣意書の提出期限を定めることは適切でない」旨主張したことをもって、刑事訴訟規則第236条1項に反するとする(原決定書・5頁、第2の1下)。
  しかし、刑訴規則236条1項は、被告人の訴訟能力が疑われ、精神障害のために接見自体が不可能である場合まで予定した規定ではない。被告人の訴訟無能力の疑いが濃厚であるという極めて例外的な場合において、弁護人が裁判所に対し、「控訴趣意書の提出期限を定めることは適切でない」旨主張することは、弁護人としての当然の責務であり、むしろかかる主張を怠ることは、弁護士の職責上決して許されない。況や、弁護人のかかる当然の主張が、裁判所によって、同規則に「明らかに反する」などと論難されるいわれはない。

4 趣意書を作成できないのは被告人の精神障害が原因である
  裁判所は、「包括代理権者である弁護人は被告人の明示の意思に反しない限り控訴理由を独自に構成することができるから、被告人と意思疎通が図れなくても控訴趣意書を作成可能である」とし、例えば、「弁護人作成の控訴趣意書案を被告人に読み聞かせて反対の意思表示がなされなければ、同案を控訴趣意書とするなどの方途が可能である」などという(同6頁以下)。
(1)しかし、そもそも弁護人は、被告人が自己の意思を表示できない精神状態にあるとの確信に基づいて公判手続の停止を主張しているのであり、かかる弁護人の確信を裏付ける権威ある6名もの医師の詳細な鑑定意見が存在する。すなわち本件は、訴訟無能力に関する弁護人の主張がはじめから荒唐無稽であったとか、(裁判所が一般論として挙げるように)被告人が意図的に弁護人との接見を拒否していたなどの事情が客観的に明らかであったような事案とは、全く異なる。弁護人は、被告人が意識的な接見拒否を繰り返す場合にも控訴趣意書を提出できないなどとは、はじめから主張していないのである。
   裁判所が、控訴趣意書を提出できなかった理由についての弁護人の主張を批判するつもりであれば、被告人が訴訟無能力であって意思疎通がおよそ不可能である場合を想定して、そうであっても弁護人は被告人の意思を全く無視して控訴趣意書を提出すべきであるとの論理を展開しなければならない。しかるに、決定書のどこを見ても、「被告人が精神障害により自己の意思を全く表示できない(あるいは少なくともその重大な疑いが存する)場合であっても、弁護人は、被告人の意思と全然無関係に控訴趣意書を提出するのでなければ、提出期限のやむを得ない徒過とは認められない」との法論理は示されていない。そのような途方もない論理を裁判所が示せるわけがないのである。それは即ち、被告人が拘禁反応等の精神障害に罹患していて訴訟無能力状態にあり、そのため意思疎通不可能な状態にあるから控訴趣意書を作成できないという弁護人の一貫した主張が論理的に正当であることを明らかに示し、かつ、弁護人がそのように主張せざるをえない客観的状況が現に存在していることの証左でもある。
(2)また仮に、裁判所が被告人の訴訟能力に関して、最終的にはこれを認めるとの判断に至ったとしても、そのことゆえに、弁護人の被告人は訴訟無能力であるとの主張が誤りであったことにはならない。弁護人が、被告人の訴訟無能力を確信したこと自体を否定できなければ、いずれにしてもやむを得ない遅延の理由が認められるからである。
   したがって、被告人に自由な意思表示が可能であるとの前提に立った裁判所の立論は誤りである。

5 8月31日に控訴趣意書を提出するよう努力するとだけ約束した
  裁判所は、「弁護人が、被告人との意思疎通を図れない事態が続くとしても控訴趣意書を作成する旨表明し、それまでの態度を改めたので、控訴趣意書提出期限の延伸を認めた」などとしている(同8頁の(2)以下)。
  しかし明らかに事実に反する。
  既に論じたことであるが、平成17年1月4日における裁判長と主任弁護人とのやり取りでは、弁護人は、「控訴趣意書提出について最大限の努力をする」ことを約束しただけである(同日電話聴取メモ)。被告人との意思疎通が図れない事態が継続したままであっても、被告人の意思と無関係に弁護人独自の意思によって控訴趣意書を提出するなどといった説明は全くしていない。
  裁判所が主張する上記弁護人の言動についての論述は、裁判所作成の電話聴取メモに明記されている事実すら曲げているものであって、捏造というほかない。

6 鑑定の方法と控訴趣意書提出とは連動する
  裁判所は、「鑑定の方法等の問題と控訴趣意書の提出期限遵守の問題は全く次 元が異なる別個の問題である」とする。
(1)しかし前述したとおり、被告人は精神障害に罹患していて訴訟能力がないのであるから、直ちに公判を停止するべきである(刑事訴訟法第314条)。控訴趣意書を提出することは、それによって検察官に対する答弁書の提出を求め、控訴審の公判期日を指定し、公判を開くなど公判が進行することを意味する。正式鑑定を行うことは、公判を停止して鑑定作業に入ることを意味するのであって、公判進行とは相反する事態である。そうであれば弁護人が正式鑑定を求めて趣意書を提出できないと主張したことは当然のことであり、鑑定の方法等の問題と控訴趣意書提出とは連動する問題である。
(2)裁判所は、正式鑑定をしないままに控訴趣意書を提出させ、裁判だけは進行させようと謀ったものである。裁判所が鑑定の方法と趣意書提出が別次元の問題であるとあくまでも言い張るのであれば、正式鑑定を実施する一方で趣意書の提出を求めるとするべきである。

7 正式鑑定を実施しないのは裁量権逸脱である
  裁判所は、「鑑定の方法等をどのようにするかということは当裁判所の裁量に委ねられているものであるから、当審弁護人が上記鑑定の方法等について決めた裁判所の考えに納得できないとしても、それによって控訴趣意書の不提出が正当化されるということは考え難い。」とする。
  しかし、本件は死刑事件という文字どおりの重大事件である。しかも被告人は一審の途中から精神障害が疑われる言動を行い、控訴審に係属してからは平成17年8月31日までに弁護人選任の2名の医師が訴訟能力が無い旨の鑑定意見を出し、本年3月27日までにはさらに4名の医師も訴訟能力がないとした。
  このように被告人の訴訟無能力が極めて濃厚に疑われる以上、裁判所は慎重に精神鑑定を行うべきであり、そのためには正式鑑定を実施するべきであって、如何なる鑑定を行うかが一切裁判所の裁量に委ねられているものではない。
  したがって裁判所が正式鑑定を実施しないことは裁量権の逸脱であって、弁護人が正式鑑定を行わない以上趣意書を提出できないと主張したことも是認されるべきことである。

8 実質審理の機会を奪ったのは裁判所である
  裁判所は、「控訴趣意書を期限内に提出しなかった弁護人の行為は、原審で死刑を宣告された被告人から実質審理を受ける機会を奪うという重大な結果を招くおそれをもたらすものであって、被告人の裁判を受ける権利を擁護するという使命を有する弁護士がその職責を全うするという点から見ても極めて問題がある」などと言う(同9頁以下)。
(1)しかしながら控訴棄却の決定をなし、被告人の実質審理を受ける機会を奪ってその裁判を受ける権利を剥奪しているのは当の裁判所そのものである。
   裁判所が真に弁護人の行動を重大な問題とみなしているのであれば、そのような弁護人の特殊かつ重大な「問題行動」によって、弁護人と何らの意思疎通もしていない被告人が、死刑判決確定という人間の尊厳にとっての最大の不利益を甘受しなければならない理由はない。
   死刑判決を確定させる控訴棄却決定の理由中に、被告人の権利擁護を持ち出す裁判所の論理ほど、人間の尊厳に対する著しい侮辱行為はない。
(2)弁護人は被告人が訴訟無能力状態にあり裁判を受けられる状態ではないから、控訴趣意書を作成することは不可能であり、精神障害に罹患している被告人に対して適切な治療を施すべきことを求めてきたのであって、文字通りの実質審理を受けられるようにするための手だてを講ずるべきことを求め続けてきた。そうであるにもかかわらず、裁判所は訴訟能力があると強弁し続け、本件控訴棄却によって自ら実質審理の道を閉ざそうとしたものである。
   正式鑑定を行い、公判を停止して、被告人に然るべき治療を施すことこそが被告人にとって最大の権利擁護である。意思疎通ができなくて訴訟能力がないにもかかわらず控訴趣意書を提出して裁判を進めることこそが、被告人に対する最大の権利侵害であると弁護人は信ずる。

9 結論
  以上の次第とおりであるから、弁護人が控訴趣意書を期限までに提出しなかったことは「やむを得ない事情」に基づくものであり、しかも裁判所が訴訟能力の判断を出すまでに控訴趣意書を提出したと同視できる。したがって、東京高裁第10刑事部による本件控訴棄却決定は違法であって直ちに取り消されるべきである。

  以 上